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UPA-AS ━━ウパース━━ 名前の由来【5】バルトの四十九日に見た夢(2009.11.) 2013.3.7

この記事は連続物語です。
今日初めてこの物語をお読みになる方は、以前の記事を先ずお読みくださると話が分かりやすくなると思います。



   【1】ウッシーの想い出
   【2】バルトの想い出

   【3】光り輝く球体
   
【4】バルトがマリ子に託したメッセージ















【5】バルトの四十九日に見た夢(200911.) 



季節はすっかり秋になっていた。

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稲の収穫は終わり、


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栗の実は弾けた。


二頭の犬がいなくなったあと、一日に何度もこみ上げてくる悲しみに時々は打ち勝つ事が出来ず、そんな時はしゃがみこんで号泣していた。
しかし、仕事はしなければならない。
11月の展示会が迫っていたからだ。
なんとか、展示会に出品する作品を作り、搬入も終え、展示会が始まった。
その展示会の会期中に、私は、夢を見た。


それは、とても短く、シンプルな夢であった。


   私が居間の真ん中に立っている。
   南に向いた大きな窓に向かって
   只々、立っている。
   何も考えてはいなかった。

   すると、右前方からバルトがとても穏やかな顔つきでゆっくり歩いて来て
   ゆったりとシッポを振りながら、私の背後をまわり
   私の左膝に頭を寄せ、ピタッとくっついて座ったのだ。
   訓練で言う所の脚側停座をしたのである。

   私は

     ああ、バルト
    
     あなたはここにいたの    と


   とても静かな気持ちではあるが、
   泣きたくなる程の嬉しさで全身が満たされた。
   そして、生前、バルトによくしていたように
   少し左にかがみ込んで、両腕をバルトの太くて逞しい首に回し
   ぎゅーっと抱きしめたのだ



   NEC_0009-5.jpg      NEC_0004-7.jpg   



すると、どうだろう。

夢だというのに、回した腕に触れる首のしっかりとした筋肉、そして、豊かにびっしりと生えている柔らかい毛の感触など、全てがまるで生きているバルトをそのまま抱きしめているような現実感が私の腕につたわってきたのであった。

睡眠中であるとは言え、これは夢である、という確かな確証が私の意識にはあった。
それなのに何故、こんなにはっきりと明確な感覚を味わう事が出来るのが、心底、不思議に思えて仕方がなかった。


その日見た夢は、たった数秒、それだけであった。

目が覚めた私は、バルトが亡くなってからというもの毎日のように、
   
   一目でいいから彼に会いたい、
   
   彼の身体を抱きしめたい 

と思わない日はなかった。
夢の中で、まさにその夢がかない、いまひとたび、バルトにほんの数秒でも会えた事が心の底から嬉しかった。


後日、よくよく考えてみると、その夢を見た日は、丁度、バルトの四十九日にあたる日であった。

こうして、四十九日にバルトは私に最後の別れを告げ、虹の橋へ渡って行ったのだ・・・とばかり思っていたのだが・・・。






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UPA-AS ━━ウパース━━ 名前の由来【4】バルトがマリ子に託したメッセージ(2009.9.16) 2013.2.20

この記事は連続物語です。
今日初めてお読みになる方は、以前の記事を先ずお読みくださると話が分かりやすくなると思います。



   【1】ウッシーの想い出
   【2】バルトの想い出

   【3】光り輝く球体

















【4】バルトがマリ子に託したメッセージ(2009.9.16)



バルトやウッシー、その大きな存在がいなくなった後、私は居間に敷いてあった二人がかつて安らっていた何枚も何枚もあったクッションやタオルを全部綺麗に洗い、よくよく陽に当てて干しては取込み、干しては取り込むという作業を二日程続けた。

庭にクッションを干している間は、当然ながら居間にはクッションが何もなくなるわけなのだが、その居間に一人たたずみ眺め渡すに、そこは、何と広くて空虚な空間であるかということを、嫌と言うほど思い知らされた。

    
     私は、自分自身の為に生きていたいのではなかった。
     私は私の犬の為に生きていたかったのだが、
     その犬は二人とももうどこにもいない。

  

肩に降りて来た光り輝く球体の存在がまだかすかに残っているのが心の支えになっていた。

バルトが亡くなってから三日後の夕刻、やっと全てのクッションが完全に乾いたので、居間に取り込んで重ねておいた。
明日は全てを納戸にしまってしまおう・・・と考えながら。


そこへ突然、マリ子がサンマを4尾ぶら下げて我が家にやって来た。

   「一緒に食べよ~。」

と朗らかな笑顔を私に向けながら、そう言った。

    サンマ


マリ子というのは私より10歳くらい歳下で、もうかれこれ18年ほどの付き合いのあるとても可愛らしく細かい気配りのできる女性で、私を親しく思ってくれていて常々私を姉のように慕ってくれている人物なのだった。
マリ子はバルトと同じくらいの年回りの、これまたとてもチャーミングなメルモと言う名の黒いラブラドールの女の子と暮らしている。
このメルモはバルトの言ってみればガールフレンドのような存在であった。
メルモが我が家に遊びにくる度に、バルトはメルモをまるでお姫様のように扱い、バルトはメルモに恭しく付き従うしもべのようであったのを私達は微笑ましく眺めていた。

そのマリ子が持って来てくれたサンマを晩ご飯にして一緒に食べながら、マリ子がこう話し始めた。

実は、昨晩、マリ子がメルモと一緒に寝ていたら、寝室の隣の部屋からガサガサと布地を引っ掻くような音がするので目が覚めてしまった。
寝室に続く隣の部屋の障子はいつものように開け放してあるので、この音の原因は何かと思い、体は動かさずそ~っと目だけ開けて隣の部屋を確認してみると、そこにはメルモの犬用の茶色の円形のベッドの上に大きなウルフカラーのシェパードが乗っていて、一生懸命そのベッドを前足で巣作りするかのようにガサガサと引っ掻いているというのだ。
勿論、マリ子が一人住む家にメルモ以外の犬などいない。

     瞬間、「バルトに違いない」  と

マリ子は内心、ハッと驚いたが、その動揺を押し隠し見ていると、そのバルトらしきシェパードは穏やかな顔つきでゆっくりとマリ子の方へ頭部を回しマリ子の顔を見て、暫くして消えたのだと言うのだ。


余りに不思議な事を話し始めたマリ子に、私の方こそ内心ギョッとしたが、マリ子はバルトの事をよく知っている上にバルトが亡くなったその日には駆けつけてくれ夜を過ごし、次の日には荼毘に付すため、車に乗せるのを手伝ってくれたのだ。

そんなマリ子がバルドを見間違えるはずもない。

その上、私がマリ子の言う事をふざけた戯れ言と一笑に付すわけにはいかない理由もあった。

マリ子とは長年付き合って来たが、バルトの亡くなる3か月程前、ウッシーが天寿を全うした時に、初めて、マリ子には不思議なチカラが宿っているという事を知ったからであった。

ウッシーが亡くなった後、私にはどうしてもウッシーがまだ天に上がっておらず私達の周辺にいると強く感じていた。
居間の一定の場所にウッシーの存在を感じた。
そして、庭の枝垂れ柳の樹の下は死の直前、不自由な後ろ足を私がサポートして歩かせると、必ずその樹の下で好んで安らっていたためか、その場所には、殊更強くウッシーの存在を感じた。
それは、多分、今までいたものが急にいなくなったから、私のもっと一緒にいたかったという強い願望がそう感じさせているのだろうと思っていた。

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が、マリ子がウッシーの死の直後に我が家を訪ねて居間に入った瞬間に、

    「あ、ここには何かいる」

と言うものだから、私も軽い気持ちで、

    「それはウッシーですよ」  と応えたのだ。

しかし、何故そんな事をマリ子が感じたのかわけを問いただした時、その時、初めてマリ子は自分自身のみならず、彼女の姉達も皆一様に人の死後の魂を感じたりその姿を見たり、また体に憑依されたりする不思議なチカラ(これを私は何と表したらいいかわからないのだが、多分、一般的には霊感体質とか言うのであろうか)が備わっているというのである。
今から3年前の事であるから、マリ子と私が知り合ってから15年の月日が経っているというのに、私にとっては初めて知るマリ子の不思議なチカラであった。

そして、ウッシーの死後10日程経ったであろうか、私はもっとウッシーの存在を感じていたかったのにも拘らず、ウッシーの気配は、もう居間にも、庭の柳の樹の下にも、どこにも一切、感じる事が出来なくなっていた時に、またもやマリ子が我が家にやって来たので、

     「何か感じるか」と聞いたところ、

     「もう何も感じない」という答えが返って来た。


だから、今回、バルトが死後三日経ってから、マリ子やメルモのところに現れたという彼女の話にも、そうか、そんな不思議な事もあるものなのだと自然に納得している自分がいたのであろう。

しかし、私は一切、霊魂を見る事が出来ないからマリ子のところに現れたのは不思議はないとしても、一体、バルトは何が伝えたくてマリ子の家でメルモのベッドに乗っていたのだろうか。

その問いの答えは、その時は私にもマリ子にも見いだせないままであった。

バルトが引っ掻いていた茶色いベッドは、実はバルトが亡くなった日に、バルトが一度も使っていなかった物をメルモにとあげた物だった。
メルモはたいそうそのベッドが気に入って、二日間は夜もそのベッドで寝ていたが、バルトが現れたその晩に限って、メルモはマリ子のベッドで寝ていたというのである。

が、バルトはそのベッドには何の執着も持たない。


そんな話を伝えて、サンマを食べ終わったマリ子は帰って行った。


次の日に、居間に積み上げたクッションをしまおうとしている時に、
突然、電気に打たれたかのように、一瞬にして私は理解したのだった。

何故、バルトはメルモのベッドに乗っていたのか、
私に何を伝えたかったのか。

私は突然、理解したのである。


犬達のクッションが何もない伽藍堂のようになってしまった居間を見る度、猛烈な悲しみに襲われている私に、バルトはきっとこう伝えたかったに違いない。


     「お母さん、僕はまだ、ここにいるから、
      僕のクッションをしまわないでね。
      それに、クッションがあった方が
      お母さんは寂しい気持ちが少しはしないと思うよ。」
  と。


クッションをかたずけている手を急に止め、私はもう一度、今までバルトやウッシーが生きていた時と同じように、同じ場所にクッションを敷き直した。

すると、バルトがいなくなった悲しみは少しも薄れはしないが、少なくとも空虚な空間を感じなくても済んだ。



それから、数日が過ぎ、バルトの死を知り、その死を悼んでくれる沢山の友人達が入れ替わり立ち代わり綺麗なお花を携えて、愛犬を連れて我が家にやって来てくれた。

何日にも渡って、何人も、何頭も来てくれた。



驚くべき事には、友人達の犬達はどの子もみんな私の家の居間に入るや否やそのクッションを見つけ喜こんでそこに寝そべるのだった。

     
     まるでそこが、以前から決められた自分の場所だと言わんばかりに。
     
     皆、安心して、寛いでは帰って行ったのだった。




それは、まるでバルトが、多くの犬達を私の家のクッションまで道案内をして連れてくるかのようだった。

     お母さん・・・ね、寂しくないでしょう?







 

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UPA-AS ━━ウパース━━ 名前の由来【3】 光輝く球体(2009.9.14) 2013.2.10

【3】 光輝く球体(2009.9.14) 



ウパースの名前の由来を
   
   【1】ウッシーの想い出
   【2】バルトの想い出


と書き進んだ所で、さて、次に書かなければならないのは大変不思議な事ばかりなので、これをお読みくださっている方々には恐らくこのサラサラサラサラという人物は正気であるやなしやと・・・と訝しく思われるのではないかと懸念するあまり、とうとう4か月もの月日が流れてしまった。

しかし、刻一刻とウパースの誕生日が近づいてくるので、なんとかその前には全部書いてしまわなけれならない。
何故なら、ウパースが母の胎内から出てこの世に誕生したまさにその日に、私はウパース UPA-AS という名前を彼に与えたのだから。
  


さて、話は、時間をバルトの亡くなった2009年の9月13日に引き戻して再び始めたいと思う。

私は最愛のバルトを亡くし、その夜、冷たくなった遺体を何度も抱きしめながら過ごし、次の日にはお花で一杯にしてあげたバルトの遺体を車に横たえて私達二人の想い出深い場所を何カ所か回った後、ウッシーを荼毘に付した所と同じ場所に向い、いよいよ本当に最後のお別れをしたのであった。

バルトがその肉体を消滅させながら天に立ち上って行くその煙をしっかりと目視できるよう、私は車で火葬場からほんの少し離れている所へ移動した。

何故なら、バルトが天高く立ち昇っていく煙となりゆく瞬間すら、私はこの自分自身の目で彼を抱きしめていたいと思ったからだった。

この時には、色々な想い出が脳裏に去来するものだろうと私は思っていたが、この時は何日もろくに睡眠と食事をとっていなかったせいでもあるが、ただただひたすら呆然と胸の中が真っ黒な空洞になっているのを勝手に流れる涙もそのままに感じているだけであった。

三時間も過ぎたであろうか、やっとお骨になったバルトを迎えに行って、

     「さあ、バルト一緒にお家に帰ろうね」

と語りかけ、白い骨壺を胸に抱いて車に乗って帰途についた。

車を発進させてものの50mも行かないうちに信号があり、赤いランプが点灯したので停車した。

まさにその瞬間、車の上の方から天井を通り抜けて眩しく光輝く白熱した球体が二つ降りてきたのを感じた。

この球体は、直径15センチほどの大きさで、激しく美しく光り、膨大なエネルギーを持っているように感じられた。

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私は陶芸家である。
陶芸家は作品を土で作り、それを窯で焼く。
窯を焚く時の温度は勿論非常に重要であるが、ことさら最後の数時間の最高に温度を上げながら維持した状態の時の窯の内部を、釉薬は十分溶けて美しくなったであろうか、土は焼きしまって堅固なものになったであろうか、と何度も何度も覗き込むうちに、窯内部が温度域によってどのような発光色を帯びているかでその窯の状態を瞬時に判断できるようになっているのだ。
従って、この時も、とっさにこの白熱した状態は、恐らく1280度は超えているに違いないと直感したのにはこんなところで仕事で培った勘が働くので我ながら少々 驚いた。


私は不思議な物はこれまで一切見た事も経験した事もない。


しかし、これは現実の私の肉眼で見たのか意識の中でそのような幻覚を見たのか、境界線が見つからないような意識でもない無意識でもない次元で、その二つの球体が私の両肩に降りてくるのが感じられたのだ。

初めは左肩の方に降りてきた球体があり、ほんの50センチくらいの差で少し遅れて右肩に球体が降りてきた。左の球体の方がとてもしっかりしていて輝きが強かった。
その二つの球体は私の肩から10センチくらい上の所に浮遊しており、まるで私の肩に磁石でも付いているかのように私が動くとすっと浮きながら付いてくるのだった。
こんな不思議な体験は初めてであったが、私は少しも怖くなく、

      

      ああ、バルトとウッシーが降りてきたのだ
      これからはいつも私と共にいてくれるのだ




と素直に感じ、とても温かい気持ちに満たされ、こんなに悲しいのに、何故かとても嬉しくてありがたい気持ちがしたのだった。

 
家に帰り着くとまだその球体は両肩に浮かんでいるままで私から離れようとはしなかった。


さて、いつもと同じ我が家に帰り着いたものの、あれほどの大きな二人のG・シェパードが楽しげに走り回っていた家や庭のどこを探しても、以前と同じように楽しげに走り回っている犬達の姿は、どこにもない。

家の中に入り静まり返った居間にいて、午後は沢山あるバルトとウッシーの安らいでいた長座布団やタオルや色々な物など全てを、今日のこの素晴らしくよく晴れたこの日に洗濯して乾燥させ、しまってしまおうと思った。
というのも、それらの品々が私の目に入れば、必ず猛烈な悲しみが私を襲ってくるのが自分自身でよく分かっていたからだ。

洗濯は出来たが、もう今日は乾かない。
明日、もう一度全部庭に干さなければしまえないな、と思った。

その夜、初めて一人ぼっちになった私は、かつて今まで自分が出した事のない程の大きな声で思いっきり泣いた。
それは、泣くというよりはむしろ、魂の底から突き上げてくるような雄叫びとか絶叫というものに近かった。


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       ここは森の入り口。


誰に気兼ねするでもなく、思いっきり感情を吐露する事が出来る場所に住んでいるのが、幸いだった。





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UPA-AS ━━ウパース━━ 名前の由来【2】 バルトの想い出 2012/9/5

彼は、ウルフカラーの大きな躯体を持ち、特定の人にのみ心を許し服従心を見せるシェパードであった。


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私は今でも彼の名を心の中で呟く時、胸が締め付けられるような切なさと愛おしさで全身が満たされる。



          バルト



私のこれまでの人生において最も忠実な心の友であり、相棒であった。

これからもずっと私の胸の中で伴侶として存在し続けるであろう犬である。





私はバルトの幼少期を知らない。

バルトはN訓練所で生まれ、2歳半まで訓練所のお弟子さんの担当犬として育った。
ウッシーの二回目の出産で生まれた唯一の男の子である。
縁あってバルトと出会い、終生、私の相棒として暮らす事になったのである。

2000年の9月25日であった。


バルトが私と共に暮らすようになった時には、バルトには既に基礎的な訓練が入っていた。
だが、私自身は犬の訓練については全くの無知であった。
当時、私は訓練が入った犬はもう訓練する必要が無く、何の問題も無く扱えるものだと思っていたのだ。
実際、バルトは私の元にやって来てすぐに私を新しい飼い主と認識し(勿論、その前に何度か彼の実家である訓練所でバルトとのやり取りを指導されてはいたが)、私に対し極めて従順で生活や仕事に支障をきたすような行動が一切無い事に驚くほど安心してはいたのだが。
だが、徐々に私とバルトとの間にズレが生じて来た事によって、私はやっと気づいたのである。


     訓練については、犬ではなく、私自身が学習し習得しなければ、犬は扱えるものではない、と。


それから、バルトの実家である訓練所通いと犬に関する書籍による自習が始まった。

最初は勿論、服従訓練から始めたのが、幸い指導者の明快で楽しい指導のもと、競技会に出られるくらいのレベルには到達したものの、その過程において、

    「バルトはもっと出来る犬です!」

というような叱責と喝を何度入れられたかは計り知れない・・・。


そうこうするうちに、アジリティーというスポーツの手ほどきを受けるようになり、引退するまでの二年間を存分にバルトとアジリティーの仲間と共に喜怒哀楽を共有する事になったのだった。
色々なトレーニングを重ねるにつれて、私とバルトの関係はどんどん緊密なものになっていき、私の少しの感情の動きに対しても瞬時に察知するようなデリカシーを持つ犬になっていったのである。

バルトはシェパードとしては大柄な雄犬で、オリーとウッシーの間に生まれた子であるが故に頭の良さは間違いが無かったのだが、いかんせん筋肉の質が緩かったため、アジリティーのような瞬間的に機敏な動作を求められる激しいスポーツには向いていなかった。勿論、それを自覚しながら楽しむ事に重きを置いてトレーニングしていた訳だが、バルトの6歳になった時、彼の体の事等いろいろな事を考慮し早期引退することにしたのである。

それ以降は、既に我が家に引退してやって来ていたウッシーとともに、毎日が日曜日のような穏やかな生活を送ることとなった。


   庭でウッシーと戯れ
   冬は山へ登り
   夏は川で遊ぎ
   ツバメを追いかけ(我が家の軒下に営巣したツバメはいい迷惑だっただろう)
   時には毒蛇の存在を私に知らせ
   私と歩き、私に甘え、
   私が涙を流すとその涙をなめて慰めてくれるような そんな犬であった。



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それはもはや犬と人との関係というよりは、私にとっては相棒というような関係となっていった。
   


私は、今、目を閉じてバルトの姿を思い浮かべるなら、

   
    バルトの太くて逞しい首には大きな風呂敷に沢山の荷物が包まれて
    結わえ付けられており、それを背負っている彼の姿だ。



その大きな風呂敷包みの中身は暫くは開けてみなかったのだが、徐々に開けてみると、そこにはかけがえの無い宝物が沢山入っていたのだった。


    犬とは何か

    訓練とは何か

    犬を愛する仲間とは誰か

    人生で不必要なものは何か

    そして、人生で本当に必要なものは何か

   


それらを、今となっては、私にとってどれ一つ欠けても私の人生は成立し得ないような宝物を、バルトは私にもたらしてくれたのだった。


    バルトの使命は、彼に託された荷物を私に渡す事に違いないのだった。


ウッシーがその長きに渡る人生を終えた時、私のみならず、バルトの心にも大きな悲しみと喪失感があるのが痛いほど理解できた。
ウッシーの生前気に入って過ごしていた場所を呆然と見つめているバルトを抱きしめて、私はこう呟いた。


    「バルト・・・。ウッシーはもういないのよ・・・。
     お願いだから、あなたもウッシーほど長生きしてね。」  と。


         NEC_0005.jpg



しかし、私の願いも虚しく、バルトはウッシーの死後3ヶ月という短い時間を私と過ごした後、あっという間に天へと旅立ってしまったのである。
死の直前、三週間の間に三回の脳梗塞を起こし、私の元から旅立ったのである。
野辺の送りをし、お骨になったバルトの頭部には大きな脳腫瘍の痕跡があった。



私の人生からかけがえのない大事な大事な二つの宝物がいっぺんになくなってしまった時の話である。



バルト、11歳半。    

今から3年前の9月13日の早朝であった。


秋間近ではあるが、この日は夏のような暑さだった事を記憶している。





追記
   
   バルトの魂はウパースに引き継がれていきます。
   バルトの死後、私にも良く理解できない事が沢山起こりました。

   次回に続く。








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UPA-AS ━━ウパース━━ 名前の由来【1】 ウッシーの想い出 2012/5/26

5月26日

2009年のこの日、ウッシーが天へと昇っていった。

三年前のことである。

思えば、ウッシーほど、この世に生を受けてから数奇な運命を背負いながらも、一身に愛と訓練を受けおおらかにその一生を終えたシェパードはいなかったと思うほど、彼女の人生は一通りのものではなかった。

   
           Uschiet't PALMALEINEHOF (ウッシート パルマライネホーフ)




HIMG0194_edited-1_convert_20120529113939.jpg    
左が息子のバルト                              右がこの記事の主人公ウッシー

彼女はベルギーに生まれ、幼い頃、京都のMさん(IPOにおいては日本のカリスマ的存在である)が日本には無い血統の子として白羽の矢を立て日本に連れて来た。
ゆくゆくはM氏の所有する


           Orry von Haus ANTVERPA


と交配し子孫を残すことになる。
この Orry (オリー) というウルフカラーのシェパードは生涯において 、IPOの全シェパード(WUSV)と全犬種(FCI)の二つの世界大会を通算三度世界のトップに君臨するという、未だかつて無い偉業を達成した犬である。
恐らく IPO (このブログのこの記事に簡単に書いてあります) にかかわる人間ならオリーの名を知らぬ人はいないであろう程の名犬なのであった。


そして、一度ウッシーは京都でオリーとの間に仔をもうけた後、関東のN訓練士に譲渡され、そこでいよいよ本格的な IPO の訓練が始まるのであった。
N訓練士の下でも更にもう一度オリーとの間に仔をもうけることになるのであるが、その時は5頭の仔が産まれ、その中で唯一の男の子であった バルト がやがてウッシーより一足先に我が家に来ることになるのである。
今日はバルトのことは後々大事なことを沢山書かなくてはならないので、ウッシーに関しての話だけを進めたいと思う。

N訓練士の弛まぬ努力と才能、そしてウッシーが彼女自身の本来持っている希求性の高さとのびやかな資質があいまって、遂に 

       WUSV の日本代表の座を勝ち取り


世界大会(この年はオーストリアで開催された)へと進出を決めたのであった。

       
       2002年の秋のことであった。
       
この時の日本での予選会の成績は、追求、 服従、 防衛、
この三部門中、なんと服従と防衛の二部門において第一席であった。
(追求に関しては、皆さんどうぞ聞かないでください・・・。)


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2002 WUSV 世界大会日本代表選考会にて 防衛作業





そして、世界大会を終え無事帰国してからしばらくして、競技生活を引退することとなり、我が家の犬環境を気に入っていてくださったN訓練士ご夫妻との話し合いで我が家で終生暮らすこととなったのである。

その時の条件はこうだった。

       医療費、食費 などの経費は一切N訓練所で負担するので、
       サラサラサラサはウッシーを可愛がってくれるだけでよい。

この尋常ではない申し出はウッシーの死に至るまで終生守られた約束事であった。
こんなにありがたい申し出と非常に優秀な訓練犬と暮らせることを断る馬鹿者はいないだろう・・・、と言うことで先に我が家に来ていた息子であるバルトとの折り合いも非常に良いことも重なって、ウッシーは競技生活にピリオドを打ち引退後、我が家にやって来たのである。


ウッシーは殆ど黒い被毛で覆われ(足先が茶色く、後脚の内側が白い)、首から背中にかけてゆるやかにウェーブがかかり、尻尾などは地面に引きずる程長く(また尻尾の先端の毛が可愛らしくカールしていた)、その艶やかで真に深い黒色の輝きが彼女の固く引き締まった筋肉質の大きな躯体をことさら優美に、又しなやかに見せていた。
彼女に接した人は、その人懐っこい性格と美しい風貌故に、必ず彼女の魅力に賞賛の声をあげてくれたものだった。


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陽を浴びて黒い被毛が美しさに輝く


PIC_0009-2.jpg   PIC_0022-1.jpg  PIC_0004-3.jpg  PIC_0023-1.jpg 
画像が古くて小さくて、ごめんなさい・・・。  庭で遊ぶウッシーとバルト





ウッシーはこうして7歳半にして人生で初めて一般の家庭犬としてそれ以後6年の長きに渡り、普通に家の中で私たちとともに暮らし、庭ではバルト相手にふざけあい、森や山を駆け回り、川で泳ぎ、存分に彼女の後半の人生を楽しみ、遂に13歳半となった5月26日その人生を閉じたのであった。

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ウッシーの天昇前一ヶ月  もう後脚はサポート無しでは立ちません 4月の庭で 山吹が咲いているよ ウッシー大好きだよ! 








雲ひとつ無くこれ以上望めない程爽やかに晴れ渡った朝のことであった。 












 お願いだ~! ポチっとね~~!
ただ今、シェパード部門で12位
下の写真は三代目 ウパース だぜ~

    

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